使役牛から肉食牛へ!

以前、日本の食肉用にと畜されている牛の割合を説明しました。

そこで、黒和牛が価値の高いとても希少な肉と思いがちだったのが、まったく逆で世間一般的なイメージとはちょっと違うのではないかという内容をブログで案内しました。

 

今回は、日本で牛肉を食べる様になった経緯について、書いてみたいと思います。

 

元々日本では牛を食べる習慣はなく、田畑を耕したり重い荷物を運ぶための使役牛として存在していました。 
また、牛は神様でしたから食べるなんて想像もした事がないという状況でした。

 

それが文明開化から昭和40年代にかけて、徐々に肉食牛に変化してくるのですが、当時の使役牛を食べようと思っても肉の取れる量は少ないし筋肉質でおいしくなかった訳です。そこで、明治初期以降、牛を使役に使いつつ、肉としてもおいしくするための新種改良が始まり、日本の在来品種と外国品種を掛け合わせた雑種を作り、肉食に向いた品種を作りはじめました。 

 

<イメージ写真>
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大正時代に入ると、在来品種の特徴を重視して、足りない要素を外国種などから補うという方針になり、1944年(昭和19年)に黒毛・褐毛・無角の3品種が和牛として認められ、1957年(昭和32年)に短角も追加され、現在と同じ4種の和牛が誕生しました。 

以前、肉用種の中では黒毛和牛が98%のシェアになっている状況をブログで書きましたが、1960年代はどうだったかというと、黒毛:76%、褐毛(あか毛):22%、無角:0.3%、短角:0.9%(中央畜産会調べ)でした。この頃は褐毛(あか毛)もそれなりに多かったのです。 

大正時代までは、あか毛和牛も22%と、多く畜産されていたのが、今や・・・

 

でも、この時代で希少な赤毛和牛を食べられる店は多くありません。

ユーヨーグリルは、二子玉川徒歩1分、玉川高島屋南館9Fで、赤毛和牛のステーキをご提供しています。

 

是非、希少な赤毛和牛のステーキを二子玉川のユーヨーグリルでお楽しみください!